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東京高等裁判所 昭和42年(行コ)13号 判決 1967年9月07日

控訴人(原告) 大野勝夫

被控訴人(被告) 神奈川県知事

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人が昭和三四年一月二〇日神奈川県指令農地第六一五九号をもつてした農地法第三条による控訴人から訴外山田五郎作に対する原判決添付目録記載の農地の所有権移転許可処分が無効であることを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、控訴代理人において「本件土地は訴外株式会社真花園に譲渡されたものであるのに、本件処分は、憲法第一五条第二項の全体の奉仕者であるべき被控訴人が本件土地の譲受人でない山田五郎作の偽造した申請書(譲渡証書、印鑑証明書等の添付もない。)に基いて、その一方的主張のみを採用してしたものであるから、同条同項、同法第一四条に違反し、同法第八一条により違憲の決定を免がれない。ところが、山田は本件処分を唯一の証拠として本件土地の所有権取得を主張してこれを占有しており、控訴人は本件処分により莫大な損害を被つているところ、訴訟上、私法的取引について一方が偽造文書を行使して取得した無形偽造の公文書を行使した場合、これに私文書で対抗すれば、不利益な判断を受けることは訴訟法上の原則であるから、控訴人は本件処分の無効確認を求める利益があり、現在の法律関係に関する訴により目的を達することができない事情にある。なお、原判決理由四枚目表五行目から五枚目表四行目までは被控訴人の申立てない事実を一方的に取上げ、訴却下の理由としたもので、当事者の申立てない事実についての判断であり、違法である」と述べたほかは、原判決事実摘示の通りであるから、これを引用する。

理由

行政事件訴訟法第三六条は、行政処分の無効等確認の訴えは、その効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができないものに限り、提起することができる旨規定しているから、本訴がこの要件をみたしているか否かについてまず判断する。

農地の所有権を移転する法律行為は、都道府県知事の許可を受けなければ、その効力を生じないのであるから、仮に山田五郎作が真実控訴人から本件土地を買受けたとしても、本件処分が無効であれば、同人は本件土地の所有権を取得していないことになり、控訴人はその所有権を失つていないことになるけれども、その場合、本件処分の無効であることが訴訟で確認されて初めてその無効を主張できるのではなく、控訴人はいつでもその無効を主張して本件土地の所有権の存在確認ないしその明渡を訴求することができるのであるから、控訴人がその無効を前提とする現在の法律関係に関する訴えによつてその目的を達することができない場合は存しないものと解するのが相当である。

控訴人は、山田が本件処分のあつたことを唯一の証拠として本件土地がその所有に属することを主張し、これを占有しているから、本件処分の無効確認を求める必要があり、現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達し得ない旨主張するけれども、このような場合でも、控訴人は山田に対する本件土地の所有権の存在確認ないしその明渡の訴訟において本件処分の無効であることを主張立証すれば足ることは明白である。

なお、本件処分は、農地の所有権を移転する法律行為を許可してその効力を発生させるに過ぎず、それ自体独立して権利を移転させる効力を有するものではないから、控訴人の主張するように、山田が本件土地を買受けた事実がないとすれば、本件処分の効力の有無にかかわらず、本件土地の所有権は山田に移転していないものというべく、この場合は、山田に対する前記のような訴訟においても、本件処分の効力の有無を前提問題として判断する必要もないものというべきである。

いずれにしても、本件処分が無効である場合、これを前提とする現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達し得ない場合に本訴が該当するものと解することはできない。また、控訴人は、原判決は当事者の申立てない事実について判断している旨主張するけれども、訴訟要件の有無は職権調査事項であり、裁判所はこの点については当事者の申立に拘束されないことは明白であるから、右主張も失当である。

よつて、本件訴えを却下した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条を適用し、主文のように判決する。

(裁判官 近藤完爾 出嶋重徳 藤井正雄)

原審判決の主文、事実および理由

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が昭和三四年一月二〇日神奈川県指令農地第六、一五九号を以つてした農地法第三条の規定による原告から訴外山田五郎作に対する別紙目録記載の農地(以下本件農地という)の所有権移転許可処分は無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

一、訴外財団法人美佐保会は原告の承諾のもとに昭和二九年一月二七日訴外真田祐太郎に対し原告所有に係る本件農地を含む三筆の畑を、訴外財団法人美佐保会所有に係る山林家屋と共に総代金六五〇、〇〇〇円で売渡し、内代金三〇〇、〇〇〇円を受領すると共に訴外財団法人所有の山林家屋について訴外真田祐太郎に対し所有権移転登記を了した。そして、残代金三五〇、〇〇〇円は当初原告所有の本件農地を含む右三筆の畑についての農地法第五条による所有権移転の許可並びに所有権移転登記と同時に支払を受ける約であつたが、訴外財団法人美佐保会は訴外真田祐太郎に対し右残代金の先払を求めた結果その代理人である訴外山田五郎作よりその支払を受けたので同訴外人に対し本件農地を含む右三筆の畑に関する売渡証書、委任状等を交付した。

二、しかして、右訴外山田五郎作は当初訴外真田祐太郎のため右文書等を保管していたが、その後本件農地を含む右三筆の畑は自己が買主であると潜称し不法にこれを占有するに至り、しかも本件農地については昭和三〇年三月一七日被告に対し一方的に農地法第三条により原告から訴外山田五郎作に対する所有権移転許可の申請をした。原告は同年六月これを聞知したので同月一一日付で被告に対し右所有権移転不許可処分をするよう上申したが、被告はこれを無視して昭和三四年一月二〇日神奈川県指令農地第六、一五九号を以つて農地法第三条による右所有権移転許可処分をしたものである。従つて被告のなした右許可処分は無効である。

三、よつて、原告は行政事件訴訟法第三六条により本訴に及んだ次第である。

と陳述した。

被告訴訟代理人は本案前の申立として主文同旨の判決を求め、その理由として、

行政事件訴訟法第三六条により行政処分の無効確認訴訟はその処分の無効を前提とする現在の法律関係の訴によつて目的を達することができない場合に限り提起することができるところ、原告は訴外山田五郎作を相手方として本件農地に関する所有権確認の訴によりその目的を達することができるのであるから本件訴は原告適格を欠く不適法な訴である。

と陳述した。

理由

行政事件訴訟法第三六条によると無効確認の訴は当該処分又は裁決に続く処分により損害を受ける虞のある者その他当該処分又は裁決の無効の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者で、当該処分若しくは裁決の存否又はその効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴によつてその目的を達することができないものに限り提起することができるものである。

よつて、本件訴が右要件を具備するか否かにつき判断するに、原告主張に係る被告のした農地法第三条に基く本件農地所有権移転許可処分についてはこれに引続きなされる処分は存しない以上原告が右許可処分に続く処分により損害を蒙る虞があるというに由ないのみならず、農地法第三条又は第五条に基く許可処分は農地に対する権利の移動を目的とする私法上の法律行為の効力発生要件たるに止まるものであるから右許可があつてもその対象たる当該農地について右許可内容に相応する私法上の法律行為が有効になされていない限り当該農地について何らの権利変動を生ずる余地はないところ、原告主張事実によると原告の承諾のもとに訴外財団法人美佐保会が本件農地を訴外真田祐太郎に対し売渡したにすぎず訴外山田五郎作に対し売渡したのではないというにあるから、原告主張の如く訴外山田五郎作が本件農地の買受人は自己であると称して被告に対し擅に原告から訴外山田五郎作への本件農地所有権移転許可の申請をなし、被告がその許可をしたとしても、原告が訴外真田祐太郎と共に原告から訴外真田祐太郎への本件農地所有権移転許可申請をなしその許可を得ない限り、本件農地所有権は依然原告に属する訳であり、また被告が右の原告から訴外山田五郎作への本件農地所有権移転許可をしたからといつて原告が右許可内容に相応する法律行為をすべき義務を負うものでなく他に原告にとつて不利益な法的効果が発生しているものでもない。なお、原告主張の事実のもとでは、原告は訴外山田五郎作に対し右許可処分の無効を前提とすることなく本件農地の所有権確認の訴を提起することができ、更に原告が訴外真田祐太郎と共に原告から訴外真田祐太郎への本件農地所有権移転許可申請をすれば被告においては単に原告から訴外山田五郎作への本件農地所有権移転許可処分が既に存するとの理由のみで右申請を却下し得ないところである。

仮りに被告が右理由を以つて右申請を却下したときはその際原告において該処分を争えば足る。従つて、原告はその主張に係る被告のした本件農地移転許可処分についてその無効確認を求める法律上の利益を有する者というを得ず、この点において原告の本件訴はすでに行政事件訴訟法第三六条の要件の一を欠くものというべきである。

よつて、原告の本件訴は不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。(昭和四二年三月二七日横浜地方裁判所判決)

(別紙目録省略)

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